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2006年11月30日 (木)

あの 素晴しい愛をもう一度

あの時 同じ花を見て 美しいといった 二人の

ココロ と ココロ が

いまは もう かよわない

あの 素晴しい 愛を もう一度


好きだという想いがあるから
そのヒトと同じものを好きになる

愛しているから 
その人の愛するものを共に愛する

同じ時間 同じ空間を共有するうちに 
想いも近くなってくる

愛したヒトの好きな ファッション
愛したヒトの好きな オンガク
愛したヒトの好きな 食べもの
愛したヒトの好きな 花
愛したヒトの好きな 季節

愛したヒトのすべてを わたしも愛する

そんなものをわたしは愛とは呼ばないが 
たいていの人はそれを「愛」と呼ぶ

愛がなくなったから ココロが通わない
そんな愛なら最初から わたしは要らない

ココロが通わなくなったから別れたことはいちどもない
最初に出会ったヒトとは 死に別れた

いま愛するヒトとは 
出会った時期と立場に引き裂かれようとしている

それでもココロが離れてしまったとは想ったコトがない

わたしの歓びと同じ歓びを
わたしの悲しみと同じ悲しみを
あのヒトは最初から そして今でも共有してくれる

あの人の痛み あの人のしあわせを 
わたしは瞬時に理解ができる
それはこれからも変わらない

まるで同じ魂を 半分に分けて生まれてきたように
好きな食べ物が違っていても
わたしのコトバから同じココロを
受け止めてくれるのはあなただけ
時にはコトバすら要らない
見交わす目だけで 全てが判る

時間と空間がいくらわたし達を隔てようと 
それだけは永遠に変わるコトがないだろう
それをわたしは愛と呼ぶ

ならば フィジカルに結ばれないからといって 
それを失恋とは呼ぶコトができない
いまさらながらそんなことに気が付くなんて

いまはかよわないココロを 
素晴しかったと嘆くほど 不毛なことはない
愛しているという幻想の中に 
お互いが住んでいただけの事

ましてや もう一度と望むことはありえない


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コメント

>同じ魂を半分に分けて生まれてきたように

そんな感じがして、不思議で不思議でしかたない時期がありました。
どう考えても、へんね。これが現実なの?ってね。
でも、あるんですね。
まぁ、いまも不思議だなぁ~と思いながらも、同じ魂なんだ!とひとりうなずく私です。
(*゚ー゚)(*。_。)(゚-゚*)(。_。*)うんうん

投稿: チェルシー(=^・^=) | 2006年12月 2日 (土) 16時52分

☆チェルシーさんへ☆

チェルシーさんにも同じ魂を分け合った方がいらっしゃるのですね♡ 素敵です
(*゚ー゚)(*。_。)(゚-゚*)(。_。*)うんうんw

言葉がいらない
言葉がそのまま伝わる
時間が同じように流れてゆく
どんなに沢山の人の中にいても間違いなくふたり

同じ魂はいやおうなく引き合います。
結ばれたらこんなに幸せなことはないのでしょうね…

投稿: kumahachi | 2006年12月 3日 (日) 01時11分

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